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亀有ひまわり整骨院
院長:大須賀 昭
院長大須賀.jpg

健康に関する心配事は遠慮なくご相談下さい。ベストを尽くして対応します。


・柔道整復師
・Chiropractor

2002年:
東京都葛飾区亀有に
亀有ひまわり整骨院開院

 

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こんな症状の方が来院

■亀有 交通事故後遺症
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院長プロフィール

自己紹介

亀有ひまわり整骨院 院長大須賀.

院長:大須賀 昭

東京都葛飾区出身

資格:柔道整復師免許(国家資格)

専門分野:外傷全般(捻挫や骨折・脱臼に至るまで)、カイロプラクティック

サイズ:身長172㎝ 体重62㎏ 体脂肪7%

 

趣味

●ランニング
●筋トレ
●ダイビング(PADIライセンス取得)
 

特技

●柔道(3段)
●書道、ペン習字(4段)
 

院長ストーリー

私がこの仕事に就いたきっかけから現在に至るまでのお話になります。


柔道との出会い

私が現在、この仕事をしている土台となったのは、中学2年生から始めた柔道でした。それまでこの学校には柔道部はなく、赴任してきた先生が生徒を勧誘して柔道部は創部しました。

先生は、前の学校でも東京都で準優勝に導いた実績があり、必ず決勝に上がって、おまえ達を関東大会に連れて行くんだと意気込んでいました。

柔道場はなく、女子更衣室に畳を引いて、練習は行われました。

一年後、夏の東京都団体戦全国兼関東大会予選の試合で、必ず決勝まで行くぞと言う強い想いがあったからこそ、一日も休まず厳しい練習に耐え、頑張ってこられました。

そして一年後の夏の大会には、努力が実を結び、その結果目標であった決勝に進みました。

結果は、バルセロナオリンピックで金メダルを取った古賀稔彦君率いる弦巻中学校に敗れ、準優勝で全国大会には出られませんでした。けれど目標であった3位までの学校に入ることになり、関東大会に出場することができました。

関東大会.jpg

   関東大会(群馬県/渋川市にて) 写真左側が私です。

関東大会は、東京都団体戦優勝の弦巻中学校を筆頭に強豪校が多くレベルが高い試合でもありました。

結果は、健闘の甲斐なく予選トーナメントで敗退し、決勝トーナメントに進出は出来ませんでした。

大きな大会に出ると、こんなに強いやつが沢山いるのかと尚更、練習に打ち込みました。

一方この2年間、柔道を一生懸命にやることで、強くなるだけではなく、相手を思いやる心、助け合う気持ち、我慢すること、ルールを守ること、力を合わせること、学校の勉強では学べない、人生にとって非常に大事なことを経験できました。

高校は数ある学校の中、推薦で東京の強豪校に入学しました。練習も中学校以上に厳しい毎日でした。それは、中学校以上に長い練習時間、部員も多く、全国レベルの選手が集まった中での稽古だったからです。

高校の練習は、クタクタになるくらい激しいので怪我や故障にたびたび悩まされました。

その中でも大きな怪我が、高校3年生の時に負った、左太もも裏の激しい肉離れでした。

団体戦試合途中で“背負い落とし”と言う技をかけた時に「バキィ」と音がした瞬間、激痛で足がつけなくなるほどの痛みが走ったのです。

この試合は何とか続けて、引き分けという結果に終わってしまいました。しかし、次の準決勝は、無理して出てしまったことや、相手も強豪校の古賀君だったこともあり、その結果、負けて3位に終わってしまいました。

柔道整復師になるきっかけ

その後、接骨院で自分自身が治療を受けて良くなって感動したことが、将来この仕事がしたいと思ったきっかけとなりました。

その時、“安心感”と“怪我が治る希望”というものが持てるようになり、私もその時の先生のように、そういう立場になって患者さんに感動を与えられる治療家になりたいと思ったことが、医療の道を志す第一歩でした。

当時、柔道で大学進学を考えていましたが、経済的に双方の学費を払うことで親に負担をかけたくなく、どちらかを選択した結果、将来後悔しないためにも柔道整復師になる決意をしました。

専門学校と研修時代

高校を卒業してからは、柔整専門学校(柔道整復師専門学校)に進み、住み込みでの研修が始まりでした。

研修先は、高校生の時、怪我の治療に通った接骨院でした。

昼間は、接骨院での研修、夜は柔整学校へ行きながらという生活でもありました。

柔整.jpg

   柔整専門学校:全国大会(仙台市にて) 写真前列右側から2番目が私です。

その中で接骨院での研修と学校での勉強の両立は、大変厳しい毎日でもありました。特に試験前などは、夜帰って23時位から4時頃まで勉強し、朝は7時半から掃除をしてからの生活でしたが、これも柔道で培われた精神と持ち前の気力で続けてこられました。

ここでの頑張りも、決して諦めず、粘り強さをモットーに現在も治療家として続けられる土台となっています。

また、ここでの3年間の研修で師匠の先生、先輩に接骨の基礎や仕事への意識をたたき込まれました。

厳しい指導でしたけれど頑張った甲斐あって柔道整復師試験に合格しました。

柔道整復師としての勤務

そして国家試験合格免許取得後は、今までの経験を生かし、整形外科にて2年、接骨院で7年、実施経験を積み重ねてきました。

ここでの7年間で、沢山の症例を見て、自分で処置、管理してきました。

その中で、今も心の中に残っていることがあります。

接骨院に通院していた80代男性の患者さんがある日転んで上腕骨外科頸骨折という大けがをしてしまいました。私は、近所の医院でレントゲンを撮ってもらい、骨折を整復(骨を引っ張ったり、骨を整える手技)処置を行いました。

しかし心配な娘さんが大きな病院で診てもらった方がいいんじゃないのと言ったことに、この患者さんは、「先生にお世話になるんだから病院には行かない」と言ってくれました。

私は、改めて80代の患者さんに“信頼されている”ありがたさを感じました。

この言葉は、今でも心の励みになっています。

また時には、女性の患者さんに彼氏との別れ話を聞いて相談にのってあげたりもしました。

色々な世代の方と飲みに行ったり、連れて行ってもらったり、患者さんの内面的な(心の中)悩みを聞けたことで、今こんな事で悩んでいるのか、こういう事を考えているのかという普段聞き出せない患者さんの心の奥深いところを感じることができました。

そしていつかは、開業しようと思っていました。

しかしいざ開業となると場所や資金の問題がでてきます。

私は自己資金がなく、借入もできなく困って、どうしようかと悩んでいたところ、今の奥さんである彼女のお母さんが、結婚前にもかかわらず、お金を工面してくれ何とか開業資金準備ができました。

接骨院の開業

地元の葛飾区で開業も考えましたが、開業資金が限られていた事、家賃の安い場所、当時お付き合いしていた業者さんの紹介にて埼玉県春日部市で開業することになりました。

当初は、整骨院は、開業すればそこそこ成り立つ仕事でした。私も開業してすぐ軌道に乗り、仕事も生活も順調で忙しい毎日でした。

知らない土地も住めば都で、生活も環境もやっと落ちついてきましたが、無我夢中で仕事をしてきた私は、そのような中で今後の将来像を考えていました。

接骨院の移転

これからずっと住む場所を考えないといけないと考えた末、親の面倒を見ることや子供が幼稚園に入園することもあり、苦渋の決断で7年間続けてきた院を他の人に引き受けて頂き、地元の葛飾区に戻り現在の整骨院を始めました。

葛飾区に移った時は、以前の春日部の時とは違ってそんな楽ではありませんでした。

場所は、駅前と言うこともあり、近隣は、当然同業者、グループ院(チェーン店)も多くありました。

そう言った中、競合を分析して、自分の強み、優位性がどこにあるのかを探っていった結果、個人院は、スタッフが多いグループ院(チェーン店)の整骨院とは違い、多くの患者さんは見られませんが、その反面一人一人ていねいに治療し経過を確認できることに気づきました。

私は資格を取ってから、スタッフの多い整形外科、スタッフの少ない接骨院、そしてグループ院(接骨院のチェーン)と、タイプの異なるところに勤務してきました。その経験から、スタッフの多いところと少ないところの長所・短所を知り尽くしています。

スタッフの多いところは、患者さんを待たせず沢山見ることができます。しかし忙しくなると担当がたびたび変わり、治療が流れ作業になったり、経過確認が甘くなり、担当によって技術の差、説明も異なる場合があります。

一方、スタッフが少ないと当然患者さんは沢山見れません。でも担当制にてしっかり経過観察ができます。

そうした中で私は一人で責任をもって治療を行うスタイルでここまで来ました。

柔整学校は、旧厚生省が過当競争による経営の不安化や、質の低下を懸念したため、長く新設が認められませんでした。

しかし、98年、新設を認めなかった厚生省の処分を取り消す判決が言い渡されたこともあり、厚生省は方針を転換したと朝日新聞の記事によると書かれていました。
 

この結果、今では柔整学校も増え、資格者も増加し、同業者も増えてきました。そして歯科医院、美容院のように駅前、近所にどこでも見かける業種になりました。

また現在、整骨院も保険取り扱いが年々厳しくなり、保険者の問い合わせ等で患者さんの整骨院離れも多くなってきました。

保険診療では、原因が明確である症状に対しての取り扱い、治療の制限などにより、体を部分的しか見られないことで、しっかりと原因を突き止めた根本的な治療ができませんでした。

自由診療への転換

そういう中で保険に頼らない治療と質の高い治療=“もっと患者さんにカイロプラクティックでより効果を出せる治療、感動を与えられる治療”をきっちりしたいという思いで自由診療に徐々にシフト変換してきました。

しかしシフトしていく中で、当然リスクが伴いました。

その結果、患者さんの中には、治療費が高くなるので当然来られなくなる人もいました。

しかも来院数も限られ、売上は減ってしまい、だから生活は大変でした。

それでも患者さんの役に立つために質の高い治療をきっちりしようと心に決めました。

一方で治療は、治療費にあった技術、サービス、効果が求められます。なぜなら1回の治療もしくは数回で出来るだけ良い結果をださなければならないからです。当然、プレッシャーと治療への葛藤は毎回繰り返されました。

そのなかでも私を信じて通院された患者さんのために全力で治療をしてきました。

そのかいあって患者さんの状態が、良くなって“おかげさまで良くなりました”“だいぶ楽になりました”の一言で、今までの緊張感が解放され、ほっとした気持ちと信頼して治療を指示通り継続してきた患者さんには感謝の気持ちでいっぱいでした。

その気持ちが仕事を続けてこられてきたパワーの源でもあります。

仕事への思い

私の仕事への思いは、患者さんの期待を裏切らないように、絶対に良くするんだと言う信念のもとに、治療をすることです。

しかし、そういう中で1回2回の治療で効果が実感できないと諦めてしまう人がいます。

それは長年の痛みによる苦痛で悩んで、精神的な影響により、心もマイナス思考で治癒力が低下しているからです。

実に勿体ないです。

なぜなら治癒力というものは、早い人もいれば当然遅い人もいるからです。

健康な人と痛みがある人の違いは、自然治癒力が充分に発揮できない状態であるか、あるいは低下してしまいわずかしか発揮できない状態にあるかということです。

そして痛みやしびれが取れるのは、これからなのに・・・と思う人がいます。

だからそういう人は継続した治療が重要なのです。そして先を見据えてプラス思考に転換できる人、その差は今後、体を健康に導いていく中で非常に大事な要素となってきます。

そして何事にも諦めず可能性を信じて継続していく勇気と根気がお互いに必要になってきます。

だから諦めた時点でその先のゴールはありません。

早かれ遅かれ私と患者さんの共通の目標は、「諦めずに治療して完治すること」です。

何十年以上も色々な病院、治療院などにかかっているのにも関わらず、中々症状が改善せず、諦めている人が多いのです。

しかし、私はそんな方々の重い症状も改善してきた実績が多数あります。

ですから改善する可能性がある限り、長い期間かかっても治療を諦めずに希望を持って一歩一歩前進して頂きたいです。

最後に私が柔道の故障で悩んできたように、けがや体の痛み、しびれをお持ちの方は沢山いらっしゃいます。その中で整骨とカイロプラクティック治療を、皆さんにしっかり提供できるよう常に精進したいと思っています。

そしてこれからも難しい症例に直面するでしょうが持ち前の粘り強さと精神力で皆さんのお力になって、健康な毎日を送っていただければと願っています。


亀有ひまわり整骨院 院長 大須賀 昭

整骨院 , 葛飾区亀有 , 院長プロフィール

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